30代ひねくれ者のがん闘病記

性格が捻くれた30男のがん闘病記 転移で第2章スタート

8/15 墓参り

父親の墓参りに行ってきた。

去年は入院していたから2年ぶりだ。

父親が亡くなって10年経つ。僕が学生の頃、ろくに働きもしない父親のことを正直軽蔑していた。しかし、原因は違えど似たような立場になって、父親がの苦しみが少しは分かるようになった。

父方の家系の男(父親・祖父)は皆、60歳前にがんで亡くなっている。うちの家系の男はいい人生を送れない運命にあるようだ。一時はそれなりに高い社会的地位を得ながらも、皆病気というどうしようもない理由により社会から転落していくのだ。

僕は貧乏から努力をして這い上がってきた自負がある。しかし、今回の病気のような、自らの不努力によりもたらされたものでないどうしようもないことが起きると、結局どれだけ努力しようとも、運命には抗えないのだと人生を諦観せざるを得ない。先祖が何か末代まで祟られるようなことをしたのだろうか(笑)

 

祖父・父親は僕と違い、女性を見る目は確かだった。僕の祖母・母親はドロップアウトしていく男衆に替わって本当によく家を支えていた。そして何より彼らは子孫をきちんと残している。僕は子孫を残せる予定も今のところない。墓を見ながら、うちの家系もいよいよ僕の代で終わるのかもしれないと思ったりもする。

しかし、僕は祖父・父親と違い、がんになっても今のところ死んでいない。見捨てられ、自信を失い、地べたを這いずり、泥水を舐め、馬鹿にされ、運命を呪い、人生に絶望しながらも、みっともなくても生きるのだ。生きているうちはまだ希望がある。

体が動くうちはまだ悪足掻きをしよう。

来年の墓参りに少しでもいい報告ができればと思う。

7/31 花火

明日は地元の花火大会だ。

3年前は発病前。出張で福岡に来て偶然見れた。

2年前は発病後。元妻と一緒に見た。

1年前は再発後。九州がんセンターの病室で音だけを聞いていた。

この3年で本当に多くのことがあったと思い返す。

 

3年前のように火薬のにおいを感じることは今はできない。

2年前のように伴侶は今はもういない。

しかし、1年前のような深い絶望は薄れた。

今年はどういう気持ちで花火を見るのだろう。

 

来年はより多くの希望とともに花火を見れるように頑張ろう。

7/21 スヌーピー

ローソンのパンについているスヌーピーのシールを集めることが、日々の小さな楽しみになっている。シールを何枚集めると皿と交換できるというアレだ。普段僕は面倒くさがってこの手のシール集めはしないのだが、このスヌーピーに関しては集めてしまう。

というのも理由があって、去年の今頃も同じようなキャンペーンをやっていたのだ。去年の今頃と言えば九州がんセンターに入院真っ最中だった。この時はもう味覚が無くなりつつあって、辛うじて味を感じることができたシュークリームばかりを食べていた。そこにスヌーピーのシールが付いていたので、集めるようになったのだった。

しかし、去年は全て集めきることができなかった。途中で味覚を完全に消失して、シュークリームすら食べることができなくなったためだ。その後は日記に記しているような散々たる有様で、ゼリー以外のものが口にできず、ついには体重が60キロ代前半まで激減した。もう二度と思い出したくもない。

 

 

幸いにして、今はそれなりに復調し、まだまだ味覚は戻っていないものの、甘いものを食べて甘味をそれなりに感じるくらいには戻っている。だから今年の夏は親の仇のようにシュークリームを食べている。

そして、去年の夏の出来事を塗りつぶすようにシールをシートに1枚1枚貼っていく。このシールが全て集まってスヌーピーの皿を手に入れたとき、僕は去年の悪夢をまた一つ克服したと言えるのかもしれない。

本当に小さな喜びだ。

7/15 ブログについて色々

僕は病気に対しては前向きな方だと思う。しかし、自分が前向きだからと言って、社会が同じ反応を示すとは限らない。病気に由来する原因により社会に拒絶されるような出来事が起こると、年に数回はどうしようもなく深く落ち込むこともある。

色々ありつつも、不満を吐き出しつつ精神のバランスをうまく取ってくれているのがこのブログだった。しかし、最近は以前のように思いのままをそのまま書かなくなった。

 

このブログは原則匿名、そして現実世界では信頼のおける近しい人にしか存在を教えていなかったのだが、残念ながらブログの存在をバラされて元妻に知られてしまっている。そして、僕はそのバラされたという事実を知ってしまっている。…ということで、拘束条件が成立してしまっている。

僕は相手が見ている可能性を知りつつ、相手のことを悪しざまに言うほど厭な性格はしていないし、それほど愚かではない。しかし、貶める意図がなくとも、このブログに元妻に関することを書こうものなら、それは良し悪しに関わらず、何かしらのメッセージを送っていると捉えられても仕方がないという状況になってしまっている。

そして、何より相手が一方的にまだ僕に不満を持っていて、何か揚げ足取りの材料を探しているとするならば、迂闊なことを書くわけにもいかないし、そうでなくても僕が苦しんでブログで弱音を吐いている様を見て溜飲を下げられるのも癪だ。

 

これからも淡々と更新を続けていくつもりだが、以前のように自由に書かなくなってしまったことは間違いない。このブログは僕が病気になり社会との繋がりが希薄になってから、本当に大切な自己表現の場だった。病気後の僕の数少ない自由な精神的表現の場だったブログに、現実世界のしがらみが持ち込まれたことを本当に残念に思っている。 

まぁ前向きに捉えて、制約の下で文章を書く訓練と思うことにしている。

7/5 Regret

人間失格」よろしく恥の多い人生を送ってきたが、別に何かに「後悔」しているわけではない(笑)ブログの性質上、病気のことが殆どになってしまうが、たまには病気以外のことも書きたくなった。

僕がこの世で一番好きなNewOrderというバンド。

その中でも一番好きな曲が「Regret」という曲だ。

 

I would like a place I could call my own
Have a conversation on the telephone
Wake up every day that would be a start
I would not complain of my wounded heart

 

初めて聞いたときその余りに美しいメロディーと韻に衝撃を受けた。

多分その日は100回くらい聞いた。

今でも1日1回は聞く。何回聞いても飽きない。

勿論入院中も毎日聞いていた。間違いなく僕の人生の一曲だ。

音楽の趣味が近い人とは経験的に上手くやって行ける。

皆の人生の一曲って何だろう。