30代がん闘病記

転移で第2章スタート

7/6 悪い夢

最近は余り精神面が良好ではありません。自分の努力ではどうしようもないことが多過ぎてほとほと参ってます。今回の内容は暗いので、不快に思う方は読まないでください。じゃあ書くなよって話にもなりますが、こうやって書くことで自分の精神が落ち着く面もありますし、思考の整理にもなりますから、ご容赦頂ければと思います。

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6/17 人生の質

がんセンターに半年に1度の検査に行ってきた。腫瘍の大きさは変わらず、現状維持といったところだ。そして、鼻水も相変わらず原因不明で止まらないし、味覚もぼんやりとしたままだ。この2つが僕の人生の質の低下に大きな影響を及ぼしている。

がん治療に伴う味覚障害の外来を紹介してくれるように主治医にお願いしたが、そのような外来はないとのこと。福岡だから無いというわけではなく、全国的に無いらしい。治療後のことなので、あまり議論としては活発でないのかもしれない。そして、医療関係者には、治療後のことまでは面倒を見きれないという風潮があるのは否めない。

 

さらに僕は嗅覚すらないわけだかから、その分さらに味が分かっていない。多分、常人の3割くらいしか味覚を感じてないんじゃないだろうか。

仮に2度目の入院治療により、残り10年だった寿命が残り20年に延びたのだとしよう。でも、その代償として僕の人生の質は半分以下に低下してしまった。10年×1と20年×0.5。トータルで同じなら、残り短くとも楽しい人生であった方が良かった。

 

仕事が終わったらおいしいものを食べようとかいうのは、日々のモチベーションになるものだ。全般的に人生のモチベーションが上がらないのは、もちろん病気による体力・気力の低下によるところが大きいが、こういう日々の小さな喜びがないことも大きいだろう。

何と言うか、何の楽しみも歓びも希望も無く日々を生きて、何のために生きてるんだろうなぁというのはいつも思っている。本当にただ生きているだけだなぁと。

こんなことを現実で言うのは憚られるからブログで書くのだけど、生き残ってもこんな目に遭うならば、治療を受けずに残り短い人生を楽しく生きて、さっさと死んでしまった方がよかったとさえ思う。

6/4 悲観と楽観

このブログは基本ネガティブだ。そりゃそうだ。そもそもこのブログは、病気に係る様々な感情を吐き出すために始めたのだから、ネガティブな部分が多くなってしまうのは仕方がない。ただでさえ現実世界で無理して生きているのに、仮想空間でまで見栄や虚勢を張ったりするのは本末転倒だろう。

読者の方は僕の駄目な部分だけをひたすら見ていると思うが、現実世界ではそれなりに真っ当な生活を送っているので安心して欲しい(笑)

 

たまには現実世界の自分を褒めることでも書いてみようか。

病気になってから自分で一番よく頑張ったと思うのが、金銭面を完全にコントロールしていることだろうか。下世話な話をすると、ガンを始めとした重い病気の悩みは、イコール金の悩みに尽きる。金のない時の人間の醜さなんて酷いもんだからね。金銭面の問題が大きくないことが、精神面の安定につながっているのは間違いない。

そもそも病気以前に、僕は自分で環境をコントロールすることに慣れている。僕の実家は有体に言うと貧乏だから、人に頼らず自分の力で何とかするということが骨の髄まで染みついているのだ。

思えば、大学・大学院もほぼ金を払わずに過ごした。授業料は成績優秀で免除してもらったし、育英会奨学金を貰って、それもまた成績優秀で最終的には免除してもらった。車の免許も大学院卒業の直前に自分で金を出して取った。とにかく全部独りでやった。

とまあ僕は努力をすれば大抵のことは乗り越えられると思っていて、実際大体乗り越えてきたのだけど、今回の病気に関してだけはどうしようもない。努力でどうこうできる話ではないからだ。だから正直困っている(笑)

 

思い返せば、僕はよく悲観主義者だと馬鹿にされてきた。僕はあらゆる可能性を考慮に入れて行動しているから、人にはそう見えるのかもしれない。恵まれた環境で育った人には分からないだろう。自分の力で生きているように勘違いしているが、いつまでも誰かの庇護の下にいるような連中はいくらでもいる。

上手く行くことに無根拠に賭けて、実際何か起こってしまった場合は、誰かに頼ればいい。そういうのを楽観と呼ぶなら、僕は悲観主義者と呼ばれて構わない。でも僕に言わせればそれは楽観ではなく、単なる無軌道だ。

ピエロが玉乗りの上で安定しているのは、不安定な足場の上で落ちないように同調して不安定な動きをしているからだ。病気になって人生のステージが変わってしまっているのに、今までの生活が続くと無根拠に考えて、考え・行動の変化を起こさないのは完全な破滅を招きかねない。僕はピエロと呼ばれても色んな道を模索してみようと思う。

 

フランスの哲学者アランの「幸福論」で

悲観主義は気分であり、楽観主義は意志である

という一節がある。

だが、僕の悲観主義は意志に基づくものだとあえて言っておきたい。 

4/14 認知の歪み

知られたくない人にこのブログをバラされたという事実を知ってから、僕は余りこのブログに弱音を書かなくなった(と思う)。「完全に信頼している人とその家族」か「全く知らない人」以外の「現実世界の中途半端な知り合い」に自分の赤裸々な心情を読まれることがどれだけ厭なことかは分かるだろう。一時はブログを閉鎖することも考えたが、一人相撲かもしれないが、僕が予想に反して頑張っている姿を書くことで、ささやかな抵抗を試みることにしたのだ。

だが今は、それを分かっていながらも苦しみを吐露せずにはいられないくらいの苦しい心情だ。苦しみをどこかに吐き出さないと頭がおかしくなりそうなのだ。

 

病気そのものに立ち向かっているときはやることが明確で、それなりの健全な精神状態でいることができた。皮肉なもので病気が治るにつれて、病気との共存をしつつ独りで生きて行かねばならないが上手くいかないという現実を味わううちに、少しずつ精神が参ってきたようだ。

自分の頭がおかしくなりつつあるのを自覚しつつも、生きるために仕事をして、会いたくもない人に無理して会って、作りたくもない笑顔を作って、真っ当で健康な社会人のふりをして生きている。本当に毎日苦しい。

そもそも仕事以前に、日常生活を送っているだけでも針のムシロなのだ。全ての人間が落ちぶれた自分をバカにしている気がする、今後の人生いいことなど何もない、どんな努力をしようが運命には抗えない、結婚生活すら上手く行かなかった自分には必要としてくれる人などいない、必ず病気が再発して死ぬに違いない…などの思い込みに支配されている。恐らく「認知の歪み」の典型例だろうか。そう、「思い込み」だとは自分でも理解しているのだけど、考えに取りつかれてしまっている。どうしようもない。

 

完全に狂ってしまえばどれだけ楽になれるだろうかと思う。しかし、自分自身を客観的に分析できているから苦しい。希望を捨ててしまえればどれだけ楽になれるだろうかと思う。しかし、人生の希望を捨てきれないから苦しい。

友人でもいれば相談でもして、少しは精神的に楽になれるのだろうが、残念ながら地元には信頼できる友人はいない。全員東京にいる。かと言ってカウンセリングを受ける気はしない。相手の質問の意図が分かってしまって話すことが馬鹿らしくなるのだ。

信頼できる人と話しがしたい。

3/29 一応の近況

最近は特段書くことがない淡々とした日常を送っている。朝起きて、体調が良ければ少しランニングをして、仕事をして、人よりも早めに寝る。体調が悪いときは全てを休んで一日中寝る。この繰り返しだ。

味覚の問題のせいで外食はほとんどしないし、体調が悪くなるので酒もほとんど飲まなくなった。体調以外での日常の変化がない。本当に淡々としている。

 

しかし、この状況で幸いにして仕事をこなしていくことにも慣れ、会社もそれを許容してくれている。仕事もこの状況にしては順調と言ってもいいだろう。給料は勿論かなり下がったが、自分の食い扶持は十分過ぎる程に稼ぐことができている。

もともと物に金を遣わない性質だったが、それに輪をかけて、酒も飲まない・外食もしない・旅行もしない…で金を使う機会がそもそもないのだ。だから、当面の金銭面は問題なさそうだし、病気以外で衣食住の危機に晒されることはなさそうだ。

 

生活基盤が安定し出すと問題になるのは、「自分は何のために生きているのか」という悩みだろう。消極的な理由としては、今は母親に心配を掛けないために生きているともいえる。しかし、食事の楽しみも無く、家庭の歓びも無く、単純に病気に抗い、生き永らえるためだけに生きていることに何か意味があるのだろうか。

「生きているだけで素晴らしい」と誰かが唄を詠む。それは「生き永らえているだけでは何の価値もない」という価値観が前提としてあるから、わざわざ唄い上げなければならないことなのだ。そう、生きているだけでは何の価値も無い。

そんなことを日々考えていると、昔ほどの深い絶望感は無いものの、ぼんやりとした無気力感に苛まれることが多くなったように思う。