30代がん闘病記

転移で第2章スタート

9/13 山場

信じられない出来事が起こりつつある。

今までの流れからして読者の方は悪い出来事を想像されるだろうが、

珍しいことに、良い出来事なのだ。

 

ここまで上手く行くなんて、余りにご都合主義すぎて、

バブル時代の能天気なコメディーでもあり得ないレベルの話だ。

事情により詳細はまだ書けないが、奇跡が起こりつつある。

でも最後の最後に足を引っ張っているのはやっぱり病気の件。

人生の山場だな。

8/18 友人と会う

福岡に帰省中の高校時代の友人と会った。このブログによく出てくるだ。楽しい時間だった。久しぶりに心から笑った気がする。顔面の半分が麻痺してるせいで、意識して余り笑わないようにしてたから、笑ったのが久しぶりすぎて、変な感じだった。

お互いの最近の失敗談を語って笑い合った。二人とも女性運が悪いのは相変わらず。

考えてみれば、高校時代に席が隣同士だった縁で、それから20年近く付き合いが続くってのも凄いよなぁと思う。僕は工学部、彼は医学部で、学部も異なり、そして、大学・社会人時代も、住んでいる場所も常に離れていて、一緒の場所に住んでいたのは高校時代だけなのだけど、未だに関係が続いているのは、本当に不思議な縁だと思う。

病気で失ってしまった縁もあるのだけど、こういう残った縁を大切にしていきたい。

 

あと、味覚障害の件で、東京にいい病院がないかどうか調べてもらうことにした。考えてみれば、常にがんセンターに頼らずとも、最初からこのルートを頼っておけばよかったんだよな。何で気付かなかったんだろう。高校からの友人という印象が強すぎて、そもそも医者だということをすっかり忘れていた(笑)

持つべきものは信頼できる友人だ。

8/1 真夏の光線

陽子線治療が「公的医療保険適応」になったそうだ。

大枚をはたいて実験台になった甲斐があろうというものだ(笑)

しかし、僕はたまたま対応する保険に入っていたので受けることができたが、お金が無くて泣く泣く陽子線を諦めて、亡くなって行った人も多くいるはずだ。そう考えると複雑な気持ちになる。あと数年早く認可されていれば助かった命もあったのだろう。

人生とは何と理不尽なものであろうか。

 

そして、僕も今のところ生き残っているとは言え、「希望のある人生」とは言い難いわけで、もっと他に生き残るべき人がいたのではなかろうかという気持ちにもなる。とは言え、僕が生き残りに選ばれたことに何か意味があるのだろうと考え、ボロボロな現状ながらも、諦めずに何とか生きていこうとは思っている。

 

ところで、今日は地元の花火大会だった。

あれからもう一年経ったのか。早いものだ。

去年に比べたら前には進んでいるかな。そんな感じ。

7/6 悪い夢

最近は余り精神面が良好ではありません。自分の努力ではどうしようもないことが多過ぎてほとほと参ってます。今回の内容は暗いので、不快に思う方は読まないでください。じゃあ書くなよって話にもなりますが、こうやって書くことで自分の精神が落ち着く面もありますし、思考の整理にもなりますから、ご容赦頂ければと思います。

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6/17 人生の質

がんセンターに半年に1度の検査に行ってきた。腫瘍の大きさは変わらず、現状維持といったところだ。そして、鼻水も相変わらず原因不明で止まらないし、味覚もぼんやりとしたままだ。この2つが僕の人生の質の低下に大きな影響を及ぼしている。

がん治療に伴う味覚障害の外来を紹介してくれるように主治医にお願いしたが、そのような外来はないとのこと。福岡だから無いというわけではなく、全国的に無いらしい。治療後のことなので、あまり議論としては活発でないのかもしれない。そして、医療関係者には、治療後のことまでは面倒を見きれないという風潮があるのは否めない。

 

さらに僕は嗅覚すらないわけだかから、その分さらに味が分かっていない。多分、常人の3割くらいしか味覚を感じてないんじゃないだろうか。

仮に2度目の入院治療により、残り10年だった寿命が残り20年に延びたのだとしよう。でも、その代償として僕の人生の質は半分以下に低下してしまった。10年×1と20年×0.5。トータルで同じなら、残り短くとも楽しい人生であった方が良かった。

 

仕事が終わったらおいしいものを食べようとかいうのは、日々のモチベーションになるものだ。全般的に人生のモチベーションが上がらないのは、もちろん病気による体力・気力の低下によるところが大きいが、こういう日々の小さな喜びがないことも大きいだろう。

何と言うか、何の楽しみも歓びも希望も無く日々を生きて、何のために生きてるんだろうなぁというのはいつも思っている。本当にただ生きているだけだなぁと。

こんなことを現実で言うのは憚られるからブログで書くのだけど、生き残ってもこんな目に遭うならば、治療を受けずに残り短い人生を楽しく生きて、さっさと死んでしまった方がよかったとさえ思う。