30代ひねくれ者のがん闘病記

性格が捻くれた30男のがん闘病記 転移で第2章スタート

11/19 デトックス

昨日書いた通り、紹介された病院での精子保存の予約を電話でしたのだが、この受付の男が最悪の対応だった。こんなホスピタリティの欠片もない奴が、生殖機能を失うかもしれないという悲痛な悩みを持った人が来るセンシティブな外来の受付をやっていて良いものかね?

しかし、何で医療関係者ってこうも対応が悪いんだろうかといつも思う。絶対的な立場にいるから、余程の人じゃないと増長しちゃうのだろうね。大企業に居た時に感じた特権意識の気持ち悪さとよく似ている気がする。

基本的な言葉遣いから学んだ方がいいのでは?っていう医者も多い。なので、最近は医者に行くときはスーツを着ていくようにしている。舐められないようにというか、適当な対応をされないように。同じ医者でもスーツの時だと全然対応違うときがあるし。ああ、この調子だと入院したら愚痴ばっかりになりそうだ。

 

話が逸れてしまったが、病院とのやり取りで怒りの沸点に達し、身体の中の毒素を全て洗い流したい衝動に駆られた。なぜか伊豆に行きたくなった。

急遽空いている宿を探し、初日に河津・2日目に修善寺というところに泊まることにした。衝動的に決めた割には河津から修善寺までのバスが出ており、さらに初日の宿はそのバスルートの中にあることが判明。今回は移動の無駄時間も楽しもうと思ったのだが、結果的に無駄のない動線になってしまったのは良いのか悪いのか。

 

伊豆の踊り子号に乗りながら、「Izu is island!」とか中学の英語の時間に下らないことを言ってたなぁと思い出す。このせいで僕は「island」を「イズランド」と未だに読みそうになるし、「伊豆」のことを「島」だと勝手に思い込んでいた。伊豆が島でないことを知るのは恥ずかしながら、東京に来てからのことだ。東京から電車で行けることを知ったときは大変驚いた。でも、行けるとは知りながらも微妙な距離があり、中々時間もとれずに今日まで来てしまった。なので丁度良い機会だと自分を納得させる。

そして、中学時代を思い出しながら、それから20年後にこんな運命を辿るなんて想像もできなかったなぁと思ったりもした。もし中学時代の僕に言えるのならば、何と言えばいいだろうか。

「今お前は苦労しているが、大学にも行けるし、金も稼ぐし、これからそんなに悪くない人生を送れる。でもやっぱり他の人よりはかなり苦労が多い。父親は早く死ぬ。そして、お前はがんになる。でも、治って元気にしているよ。」と言いたいものだ。