30代ひねくれ者のがん闘病記

性格が捻くれた30男のがん闘病記 転移で第2章スタート

12/18 3D/3W:両親

今日は特に何もなかったので、僕の両親について書きたい。

最初に書いたように僕は「頭」で現状の生活を手に入れたという自負があるが、それは両親からの才能を多少受け継いだからだと思う。ただその代償として、変人という部分も受け継いでしまったので、僕は捻くれ者の変人になってしまった(笑)

 

母親は、当時にしては珍しく女性で大学を出ているので、やはり頭はそれなりに良いのだろうと思う。また、生まれつき絵の才能があったようで美術教師の資格も持っている。絵は全く練習しなくても容易く書けたそうだ。そういう芸術的な素養が高い人間にありがちなのだが、変わり者で、僕の父親と結婚した理由が、「普通の人だと面白くないから、変人が良かった」と言っていたくらいだ。母親は父親と結婚したことで、結果的に平凡でなく波乱万丈の人生を送れたのでその目的は果たしたのかもしれないが、僕は大いに苦労したのでとんだとばっちりと言ったところだ。

 

父親は、地元の旧帝大出身でそれなりに頭のいい人間だった。ただ、世間知らずというか余りに純粋すぎた。今でいうところの「アスペルガー症候群」に近いのかもしれない。行く先々で人間関係に支障をきたすようになり、鬱病になってしまった。僕の実家が経済的に困窮していたのは、父親が定職につかなかったことが主な原因で、物心着いた時から父親がまともに働いた姿を見たことがない。部屋にこもっては世の中に対する呪詛ばかりを投げかけてばかりいた。はっきり言って嫌いだった。

結局、父親は僕が20代中盤の頃に癌で亡くなった。率直に言ってかなりホッとしたことを覚えている。これで自分が父親を向こう何十年に渡って養わなくてもいいんだ…と。残酷な人間だと自分でも思うが、偽らざる当時の心境だ。

ただ尊敬しているのが、死に際が潔かったことだ。元々世の中を憎んでおり、厭世的な価値観を持った人間だったので、「死」を「魂の再生」ととらえていたのかもしれない。今際の際で、意識が朦朧としている中で、「新しい旅の始まりだ…」とうわ言のように言っていたのが印象に残っている。僕は「死」によってむしろ父親は救われたのではないかと思っている。

なお、自分も30代になって、しかも、父親と同じ「がん」になってしまって、自分の中に父親に似ている部分があるのも理解できるようになった。父親と息子の確執と和解というのは今時小説にもならないような陳腐な題材だが、もう少し父親が長く生きていたら、今頃酒でも酌み交わしていたのかもしれない。

 

父親が死んだ後に、僕は社会でそれなりに成功を収め、収入も安定するようになった。そして、僕は病気になってしまった。うちの家系は成功できないように遺伝子ができているのかもしれないな。

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