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30代ひねくれ者のがん闘病記

性格が捻くれた30男のがん闘病記 転移で第2章スタート

3/31 成長と経験

最近更新していないが、家で過ごしているだけなので全く書くことが無い。書けることがあれば書きたいのだが、ほぼニート同然に日々を過ごしているため、特筆すべき出来事があるはずもなく。ニートの日常の日記など見たい人がこの世にいるだろうか?いや、いない(漢文の教師風に

 

ということだが、今日は退院後の定期健診で東京に向かうので、久々の用事らしい用事ができた。福岡空港に行くと、明日4/1から東京で新生活を送るであろう新入社員と新入生らしき人間が大勢いる。明らかに飛行機に乗り慣れていないが、一生懸命「分かってますよ」感を出そうとしているのが実に初々しい。

僕も飛行機に乗り慣れていないときは、荷物も何度もガチガチに確認して、緊張しながらも、ワクワクして乗ったものだ。しかし、今ではほぼ手ぶらで、あたかも近所の銭湯にでも出掛けるかのように、何の感慨もなく乗ってしまう。これを「洗練された」と言うのか「擦れた」と言うのかは分からないが、僕の中の新鮮さを感じる回路が年を取るにつれて鈍くなりつつあるのは間違いない。

年を取るということは経験を積むということと同値で、経験を積むと初めての出来事に対峙したとしても、過去の経験の焼き直しで処理するようになってしまう。悪いことがあっても前後不覚になるほど動揺しないし、良いことがあっても涙にむせぶほどに感動しなくなるというわけだ。

しかし、感情が鈍くなるのが悪いことばかりかといえば、決してそうとも言えまい。実際、僕は今回の病気を告知されても大して動揺せず「まあ何とかなるだろう」と比較的楽観的に臨むことができた。だから、陽子線治療という未知の治療を受けるのも躊躇はなかったし、決断時間なんて勧められてからものの5秒ほどだった。今までの人生で冷静に対応できるだけの経験を積んできたことが活きたのだろうと思う。

 

僕が退院する直前に同室に入院してきた40代の患者がいた。彼は放射線の治療の予定で入院してきたが、看護師や同室の患者を捕まえては、自分がいかに大変で不幸な状態にあるかを切々と語るのだ。彼は自らが受ける治療について、必要以上に恐怖を感じているようであった。結局最後の最後まで煮え切らず、治療当日になって「やはり受けない」と医者に駄々をこねはじめた。

彼は自分の人生において、40代の今の今まで決断することを放棄してきたのだろう。人生で決断をしてこないとこのようになってしまうのかも知れないと少し哀れにも思えた。結局彼が下した決断は「母親が来てから決めます」であった。

 

労働安全の考え方に「ハインリッヒの法則」というものがある。1つの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、その背景には300の異常が存在するという経験則だ。

僕は「決断」を下すにも似たような法則があるのではないかと思っている。1つの重大な決断をするためには、29の中程度の決断をする必要があって、その中程度の決断を下すためには、300の小さな決断をしておかなければならないということだ。例えば「普段は右足から家を出るのに、なぜ今日は左足から出たのか」などの小さな判断から、全ての自らの行動に理由を求める訓練をしておく。このように普段から小さい決断を下す練習をしていると、いざと言うとき大きな決断を下すことができるということだ。

件の彼は「決断して来なかった人生のツケ」を支払わされているのだ。

 

空港にいた彼らはこれから社会で何度も決断を迫られるだろう。
まずは九州を飛び出すという決断をした自分を誇るといい。
頑張れ!若人たちよ!