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30代ひねくれ者のがん闘病記

性格が捻くれた30男のがん闘病記 転移で第2章スタート

8/18 25D:福岡について

がん闘病記2(放射線)

入院52日目・放射線治療25日目。

東京から福岡に戻ってきて、もうすぐ1年半経つ。それまで10年以上福岡から離れて暮らしてきたこともあり最初は違和感があったが、ようやく福岡での暮らしにも慣れてきた。東京に出てきたばかりの頃は、福岡なんて小さくて何もない都市だと思ったこともある。東京・大阪・名古屋とは当然勝負にならない。多分、神奈川といい勝負くらいだろう。

実際、九州が誇る中心ターミナルの「博多」は「川崎」と規模も乗降数も同じくらいだし、繁華街の「天神」は「横浜」といい勝負くらいだ。福岡は博多・天神・福岡空港と中心街が全て地下鉄10分圏内に収まってしまうくらいの、非常にコンパクトな都市だ。

若いときは刺激も多く、東京にいて良かったと思うことも多かった。しかしこの歳になると、関東圏以外の出身の人間が東京で働き続けることに限界を感じることも多くなるのも事実だ。東京以外では絶対に働きたくない!と宣言していた大学の同期がいたが、最近連絡を取るともう丸の内は疲れたから田舎に転勤したいとぼやいていたりもする。年月は確実に人を変える。

 

僕は高校時代日本史を選択していて、その中でしばしば出て来る「客死」というものに何となく憧れがあった。古くは阿倍仲麻呂から、福岡の生んだ偉人・明石元二郎まで、帰国を果たせずに客死した人物は枚挙に暇がない。

しかし、いま自分がそれを考える立場になると、絶対に客死なんて嫌だと強く思う。それどころか今では、「東京」でも死にたくないとすら思う。あんなゴミゴミしたところで死ぬなんてまっぴら御免だ。死ぬならやはり生まれの地で死にたいものだ。

縁起でもないことを書いたが、まだ死ぬ気はないのでご安心を。