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30代ひねくれ者のがん闘病記

性格が捻くれた30男のがん闘病記 転移で第2章スタート

9/22 嗅覚が無い暮らし

がん闘病記2(退院後)

放射線終了から30日目。

最近は用事があって、福岡の繁華街である天神に行く機会が多くなった。天神では夕方になると屋台が並びだし、食べ物のおいしそうな匂いを漂わせているはずだ。「はずだ」と書いたのは、僕は病気のせいで嗅覚を殆ど失っているからだ。

嗅覚を失って良かったことと言えば、公衆便所で不愉快なアンモニア臭を嗅がなくて済むくらいだったが、味覚を失っている今は、匂いが分からないことを有り難く感じることもある。焼き鳥・屋台・ラーメン・もつ鍋…もし今の僕に嗅覚があったら、繁華街を歩いているとお腹が空いて空いて、きっと耐えられないことだろう。

 

とまあ、匂いが分からないメリット(?)を感じるのは味覚のない今だけで、嗅覚がない生活というのは何とも味気ないものだ。「味気ない」というのは、食欲を喚起されることが無いという意味だけでなく、人生にも彩りが失われてしまうということだ。

例えば、匂いで季節を感じることは少なくない。春の名前も知らない花のにおい、雨上がりのアスファルトのにおい、夏草を踏みつぶしたときの青臭いにおい、キンモクセイのにおい、銀杏のにおい…。また、実家に帰ったときの何となく懐かしい感覚もにおいによってもたらされるものだが、そういったものも感じられない。においを感じていた時は煩わしいとさえ感じていたものが、今ではとても懐かしく感じる。

人間とはいつも失ってから気付く愚かな生き物だ。