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30代ひねくれ者のがん闘病記

性格が捻くれた30男のがん闘病記 転移で第2章スタート

離婚3(現在の心境2)

小林麻央さんのブログに

「ごめんね。病気になっちゃった妻で」

という記述があった。

この気持ちは痛いほど分かる。僕もやはりこの感情に苛まれ、病気である僕と結婚させてしまった元妻に対する負い目が常にあった。なので正直に言うと、離婚により僕は「夫」という立場から解放されてホッとしている部分もある。

責任を放棄したと非難する向きもあるだろう。やはりそのように現実でも言う人がいて、その手の非難は甘んじて受けることにしている。ただ、以前のように働けない中、経済的な安定を図るのはやはり大変だったし、できるだけ健康そうに振る舞わなければならないという苦しみもあった。頑張る夫という役割を果たそうとした。でもどうしようもなく苦しいことも多かった。

 

僕のがん患者としての振舞いは100点だと思う。死にたくないと喚き散らしたこともない。金銭的に誰にも迷惑をかけず自分で全て完結させた。病気に対する愚痴により家庭を陰鬱にするということもなかったと思う。再発しても淡々と治療を受け、またしても誰にも迷惑をかけることはなかった。全て本当に淡々としていた。100点満点だ。

しかし、それは病人を基準とした評価軸であって、一般社会を評価軸とすると20点くらいまで下がる。上手く働けないし、働けてもパフォーマンスはかなり低い。収入も当然低い。時々体調が悪くなる。僕はしばらくは仕方のないことだと考えていた。

しかし、僕の元妻の評価軸は一般社会のほうだった。これは元妻を非難しているのではない。ただ二人の話し合いの場をきちんと持ちさえすればよかったのだ。もっとお互いの意見を率直に言えればよかったのだ。評価軸の擦り合わせをすればよかったのだ。この点において相手に配慮を求めるだけだった僕と元妻は両方とも悪い。

そして、元妻の要求水準は、僕が出せるものより少し高かった。僕は途中で疲れ果ててしまい、そして再発により全てが終わった。

 

しかし、離婚して悪いことばかりかと言えばそうでもない。まず、昔からの貧乏暮らしの影響で僕一人ではほとんど金を使わないので、経済的な安定が図れる。そして何よりも体調の悪いときでも、自分だけのために昼間からずっと横になっていられる。誰も気にする必要がない。誰も気にしなくてよいのは、寂しくもあり、楽でもある。

 

今の僕は間違いなく不幸だ。誰がどう見ても不幸だ。売れない脚本家が書くような典型的な不幸像だ。余りに典型的過ぎて自分でも笑ってしまうことがある。

「不幸話」とは当人が幸福な時に「昔は大変だった…」と述懐されるものだ。だから、僕はこの現在進行形の不幸を「将来の不幸話」にすべく、今からの人生を幸福なものにしなければならないと思っている。