30代ひねくれ者のがん闘病記

性格が捻くれた30男のがん闘病記 転移で第2章スタート

離婚6(事実の観測と結果の収束)

余り明るくない話なので、厭な気分になりたくない方は読むことをお勧めしません。

 

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共通の知り合いから聞いたが、元妻は僕のことをとても悪く言っているようだ。

離婚をしたのが転移発覚後という、世間的に見れば有り得ないタイミングなので、彼女が離婚をせざるを得ないほど僕が酷い人間だという「ストーリー」を作る必要があるのは理解できる。それを理解した上でも、やはり悲しいことだ。僕は十分ではないにせよ、元妻にとって望ましい暮らしが送れるように、できるだけの努力はしてきたつもりだった。

新聞からの文脈を失った切り貼りで脅迫文を作れてしまうように、文脈を失った細切れのエピソードを繋ぎ合わせれば、僕のことを悪人に仕立てることも可能だろう。

率直なところ、あえて知りたくなかった事実ではある。 事態は何一つ変わっていないのに、知ったことにより僕だけがモヤモヤとしたものを得るのだ。

 

僕は生きる上で必ずしも全ての「事実」を知ることが大切だとは思っていない。

僕はがんになった時も同じような行動をとった。少し病気について調べた時点で、これはかなりまずい状態だということは容易に分かった。だから、敢えて詳細は調べずに、病気に対する最小限の知識だけで臨むことにしたのだ。例えば、病気の死亡率や死に様を知ったところで、別に僕の生存率が上がるわけではない。必ずしも「知っていること」が自分の精神にプラスに働くとは限らない。

知らないでいいことは、知らないままでいたほうがいいこともある。

 

僕は「元妻が僕のことをとても悪く言っている」という事実を知らなければ、元妻に対して「感謝」と「怨嗟」がないまぜになったまま、どちらにも偏らない感情を持って生きて行けたのだろう。そうかもしれないと思いつつも、事実として認識しなければ、自分の中で「確定した事実」となって精神を蝕むことはないのだ。

しかし、事実を「観測」してしまった以上、結果は収束しなければならない。

僕の波動関数は「マイナス」に収束するしかない。

シュレディンガーの猫はもう生き返らないのだ。

僕はどんどん厭な人間になっていくだろう。

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