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30代ひねくれ者のがん闘病記

性格が捻くれた30男のがん闘病記 転移で第2章スタート

1/29 春節

がん闘病記2(退院後)

放射線終了から158日目。

街中にやたらと中国人が多いと思っていたら、春節に入っていたようだ。

博多港から来たと思しきバスが続々とホテルに横付けされていく。なかなか壮観な光景だ。福岡と言えば、昔はほぼ韓国人しかいなかったが、最近は中国人・韓国人と半々くらいになったように思う。見分けはすぐにつく。

韓国人は大体スキニーなズボンを履いていて、比較的お洒落だ。中国人は少し野暮ったい感じか、デカくブランドロゴの入った服を着ている。そして何より声がデカい(笑)

 

僕自身は中国には仕事や旅行で何回か行ったことがある。

中国人は日本では色々悪く言われているが、僕は結構好きだ。

彼らは、思ったことは率直に言ってくるから楽だ。裏表が無い。仕事でやり合っても、それはそれで後腐れは無いのでスッキリしている。日本人のように表面上は愛想よく振舞っていて、裏でネチネチ文句を言ったりしない。

中国では何回かボラれたことがある。ボラれたとは言っても、白タクで相場より多めに請求されたとか、商店でお釣りを誤魔化されたとかその程度のことだ。それで腹立たしい気持ちになるかと言えば、別にならない。「あぁ俺の注意が足りなかったな」と思うくらいだ。気付かなかった自分が悪い。

彼らを見ていると、とてもたくましく、自分の力で生きていくことの大切さが分かる。彼らは中央政府を全く信用していない。他人も信用していない。基本的に自分自身しか信用していないのだろう。「他者」を信用していない。

 

日本人は「他者」に対して、無謬性(誤りがないこと)を求めすぎだと僕は思う。例えば、バイトにまで完璧性を求めるのは異常としか言いようがない。さらに「先生」に対しては一切の誤りを許容しない。「先生」とは、教師・医者・弁護士・政治家などが代表的だろうが、医者なんか自分と同年代くらいだったら、診断は基本的には多少は疑ってかかったほうがいい。自分が積んできた人生経験と同値ぐらいと考えると、まだまだ駆け出しで、間違えるだろうなんてことは当然に予想できる。

みんな間違えるよ。だって教師も医者も弁護士も政治家も人間だもの。

 

そして、日本人は「自ら」に対しても無謬性を求める。

・大学中退したら終わり

・新卒でいい会社に入れなかったら終わり

・離婚したら終わり

・リストラされたら終わり

そして、現在の地位から滑り落ちないように汲汲として過ごしている。別に多少の失敗で人生終わったりしないのだけどね。しかし、以前は僕も間違いなく、滑り落ちないように必死だったのだ。あの時の人生って幸せだったのだろうか。失敗しないことだけに気を遣って、汲々として生きて行く人生って幸せだったのだろうか。今は分からないが、死ぬときにまで答えが出てればいいとは思う。

僕は自らの落ち度ではなく、病気により強制的に「失敗」側に叩き落された。でもまあ、これはこれで悪くないのではないかと思っている。もう人と同じ生き方をしなくてもいいという一種の気楽さもあったりする。

とは言え、まだ人生を捨てたわけではない。今は少し辛いが、中国人の図太さを見習いながら、また前に進んで行きたい。きっと何とかなるさ。

中国人の豪胆さといい加減さは見習うべきだと今日改めて思った。

 

中国人の図太さを見習って、Amazonの欲しいものリスト作ってみました(笑)

あまりに気の毒だから援助をした​いという奇特な方。泣いて喜びま​す。

【欲しいものリスト】