30代ひねくれ者のがん闘病記

性格が捻くれた30男のがん闘病記 転移で第2章スタート

6/13 文系理系

最近仕事で大量のデータを扱う作業をしている。数万個のデータファイルを処理しなければならず、これは手動ではやってられんということで、久しぶりにマクロ(プログラム)を書くことにした。普通にやれば数日かかるような仕事が、数分放置しておくだけで終わるのだから便利なもんだ。

しかし、マクロを書くのは 久しぶりで、どうも度々処理がおかしくなる。俺のマクロは完璧だ!エクセルの処理が間違っている!と思っても、やはり人間様の方が間違っていて、修正するときちんとした出力を得ることができる。上手く行かないときは自分が確実に間違っているので、ある意味やりやすい作業ではある。

そういえば僕はこういう明確性が好きで理系を選択して、大学でも工学部に進んだんだったなぁと思い返した。

 

文系と理系を互いに揶揄するネット上のジョークで、

文系は作者の気持ちでも考えてろよ

理系は点Pと点Qが出会うまでの時間でも求めてろよ

というのがあって、なるほどなぁと少し気に入っている。「文系=感情」「理系=計算」というありがちなステレオタイプだ。

高校時代の僕は浅はかな考えでもって、まさにこのように考えていて、文系科目が大嫌いだった。しかし、社会に出て色々感じて、文系と理系の違いというのは、論理へのアプローチが言語的か記号的かの違いだけなのだと今では思っている。そして、僕は理系バカにならないように、文系的な素養を身に付けるように努力してきたつもりだ。ただ、人の気持ちを読むというのだけは僕の性格上得意ではない。

 

僕は「元妻の気持ち」をきちんと考えることができたのだろうかと今でも時々思う。病気という特殊な状況の下でも、お互いにお互いのことを少しでも慮ることができたならば、結婚してからすれ違い続けた「2つの点」も交わることができたのかもしれない。

今ではもうどうしようもない話だ。

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